猫と墨のあいだに

書道・ゲーム・その他についてあれやこれやと語ります

部活の思い出・中学編

日記1266日目

 

先日、地球温暖化が進んでいるんじゃないかという日記を書いた時に、僕は卓球部でしたと書きました。そこで中学、高校6年間やってきた卓球部での思い出がどんどん出てきたので、それについて書いてみようと思います。長くなりそうなので今回は中学編で。どこかで一度書いた気もしますが気にしないでください。

 

中学一年生の時、部活には入りたいけど何をしようか迷っていました。水泳は小学校6年間習い続けたけど、中学に水泳部がなくて。野球も2つ上のいとこがやっていたので練習相手にはなっていたけど、部活でやるほどでもなく……どうしたもんかなと思っていた時、友達が「卓球やらない?」と誘ってくれました。

 

ピンポン玉を打ち合うくらいしか知識がなかった卓球。当然ラケットも持ったことがありません。とりあえず初心者向けのラケットとラバーを買って、さあ卓球台で打ち合おう……とはなりません。一年生は筋トレとランニングと素振りと球拾いが主。稲中卓球部の影響かどうかは分からない(僕は読んだことがない)けど、当時卓球部は人数がかなり多く、そのため台で打てるのは上級生だけだったのです。

 

一年生のはなたれ小僧から見た三年生の先輩たちは、みんなデカくてなんかオーラがありました。でも中学では僕が一年生の時、三年生にはヤンキーで有名だったいとこがいたので、別の意味で僕は有名人になってしまいました。

 

そんなオーラのあった三年生も卒業し、二年生の夏になりさぁ今度は自分たちが中心になってチームを組むようになった頃、女子のキャプテンになったHさんという子がいました。ショートカットが似合う可愛い女の子でした。Hさんは小学生の頃から卓球をやっていて、女子の中では一番上手でした。僕は一年生の頃からHさんに絡まれていじられていて、最初は当然ながら試合をしても全然勝てず、「やーい、やーい」と笑いながらさらにいじられる日々。

 

ただ、真面目に練習を続けた僕は、二年生からどんどん上達し(自分で言うか)、そのうちHさんにも負けないようになりました。当時卓球のルールは21点マッチ、2ゲーム取った方が勝ちだったのですが、Hさんと試合をしても21対7、21対8など、一年生の時が嘘のようにボコボコにするようになりました。一回Hさんが悔しくて泣いてしまったのを見た時は、「やりすぎた……」と後悔しました。

 

こう書くと僕がHさんに恋心を抱いた……ようにも見えますが、特に恋につながることはなく、Hさんにはずっといじられ続けました。たぶん向こうも恋心はなかったと思います。僕は一年生の時は身長が150センチくらいの可愛らしい感じの男の子(自分で言うか)だったので、女の子にいじられることも多かったのですが、中学三年間でニョキニョキと伸びまくり、三年生になった時にはもうむさ苦しいオッサンになっていました。

 

そんなむさ苦しいオッサンになった三年生の最後の大会で、僕は団体戦のレギュラーとしてシングルス、ダブルスに出場し、区大会、市大会を順調に勝ち上がり、福岡県大会まで出場しました。県大会を勝ち上がれば今度は全国大会だったのですが、さすが県には強い中学がたくさんあって、県で二回戦敗退……中学での卓球生活を終えました。

 

最初はラケットすら持ったことがない素人でしたが、練習も頑張って続けて、レギュラーとして試合にも出続けて、他の中学にもライバルや知り合いがたくさんできて、ああやってきてよかったなと思いました。

 

ちなみにHさんには中学卒業後一度も会っていません。高校はどこに行ったのかも知らないし、今何をしているのかも知りません。あの頃を思い出して会ってみたいな……とも思うけど、実際に会うことはないでしょう。

 

やっぱり長くなってしまいました。高校でも卓球部に入るのですが、そのお話はまた今度……(笑)